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編集長の戯言〜たわごと

函館で夫婦で起業した小さな会社、株式会社アイスタイル編集長のブログ

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カテゴリ: 心霊体験

阿修羅を知ってから、
コチラ方面に興味が出てきてしまいました。

ちなみに私はカトリック。

でも宗教はまったく関係なし。

宗教の垣根を超えたいな。

伊勢神宮にも参拝したい…
比叡山も、高野山も、熊野古道も、四国も、出雲も…

なぜわたしをこんなにまでも駆り立てるのか、阿修羅。

その答えを探しに行きたい。

日本の神仏霊場―いちどは訪ねたい 癒しと活力のパワースポットを巡る (別冊歴史読本 40)

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ISBN-13 : 9784404036407


今日は変な夢を見ました。

座敷童が出てくる夢です。

しかもその座敷童はドラえもんに出てくるスネ夫の妹という設定。

マラソンで新記録を軽々と出してしまった夢と、
その後、ゆっくり温泉につかっている夢。

その他、詳しくは憶えてないけど、いろいろな夢を見ました。

こんなにたくさんの夢を一夜のうちに見るのもあまりありません。

夢は深層心理が反映されるといいます。

でも座敷童って…

しかもスネ夫の妹って…どういう事?

もう7年も前の話ですが、函館山の麓、函館八幡宮の左側にある碧血碑は1人では行くものではないということをつくづくと感じさせられる出来事がありました。

以前、観光案内サイト用に使用する写真を撮って歩いていた時のことです。

現地までは立待岬からの帰り道の途中から車を停めてやや歩くのですが、行きは何も問題なく碧血碑まで辿り着き、早速、写真を撮ろうとしてシャッターボタンを押しました。
しかし、なぜかシャッターが押せない。
3度ほどチャレンジしてようやく写真を撮ることができた。

一応、写真を撮る前と撮った後に合掌・一礼はしましたが…。
その瞬間に何かどんよりとした空気が漂ってきたのを感じました。

そのときにようやく撮れた写真がコチラです↓

碧血碑〜函館戦争 旧幕府軍800余名の無念さが伝わってきます。

碧血碑〜函館戦争 旧幕府軍800余名の無念さが伝わってきます。

写真を撮った後、しばらく碧血碑にくぎ付けになり、
さすがに旧幕府軍の慰霊碑とあって凄まじいまでの気を感じ取りました。

歴史の言い伝えの通り、
やや青みがかったその碑が放つ重い空気が私の体中を包み込む。

その空気を読み取り、ここに長居をしていてはちょっとやばいなと感じ、
帰ろうと来た道を戻り始めた。
そうしたら、かすかに感じ取った何かの「気」が、
私の後ろをついてくるではないですか!

その瞬間、かなりの恐怖におののいている私には
振り向くことすらできませんでした。

背筋のゾクゾク感はやがて後頭部をしびれさせるという状態にまでなり、
最後は大きな手で頭を真上からワシ掴みにされたように締め付けられた。

ようやく車まで辿り着くと今まであった症状がフッと消えてしまった。
あまりの恐怖にダッシュでその場から立ち去った。

その後、何事もなく無事ですが、
その時の感触は決して忘れることのできないものとなった。

無念の思いで亡くなった旧幕府軍の戦死者800余名の魂が弔われているこの碑には今でも強烈な「気」があるようですね。

その後、函館山登山の時に複数人で碧血碑を訪れましたが、
もう何も起こりませんでした。

はこだて検定で歴史を学べば学ぶほど、
旧幕府軍の人々の無念さや、放置されていた遺体のことなどが、
私の心の奥深くをつきます。

函館近郊にもたくさんの心霊スポットはありますが、
若い頃、興味半分で友人と二人で行った
「隠れキリシタン」と呼ばれる場所でもすごい体験をしました。

そのお話は後日改めて書きたいと思います。

皆さんも耳鳴りはたまにしますよね。

私は勝手に耳鳴りは霊の問いかけだと思っている。
だからよく、何かを感じたときに耳鳴りがする事が多い。
急に空気の圧力とか質量が変わったときに耳鳴りがすることから、
霊魂が近くにいるときにするのではという推測が成り立ちます。

鳥肌が立ち、背筋がゾッとするときによく耳鳴りがする。
私が金縛りに遭うときは必ず耳鳴りがします。
金縛りと耳鳴りの関係を紐解いていくと、
耳鳴りって意外と霊的世界とつながりがあるように思えてなりません。

音とは空気の振動によって聞こえるものであるので、
必ず何かしらの変動が有るはず。

それも、空気の振動が起きないような状態、
例えば、寝る前に電気を消して何も音のない状態になったとき、
急に耳鳴りがすることもあるでしょう?
それは霊魂が近づいてきた証拠だと勝手に思っています。

鳥肌についても同じ事が言えるのではないでしょうか。
自分の体の周りの温度だけが急激に落ちることによる鳥肌の出現も、
霊的波動が近くにある時に起こる現象、と勝手に思っています。

では、なぜ霊魂の周囲は温度が低くなるのでしょうか?

実態のないこの物質はおそらく温度が低いでしょう。
低ければやはり空気の密度が変わったり、湿度が低くなったりして、
誰にでもすぐに異様な雰囲気を感じ取ることができます。
湿度の高い状態では鳥肌は立たないと思われるので、
水分のない物質であることは確か。

このように、霊魂が近くにいると人間の体は敏感に反応するのである。
無頓着な人にはそれが霊の存在であるとしても、
なかなか理解できないことでしょう。

皆さんも耳鳴りがしたり、鳥肌が立ったときは、
よ〜く周囲を見回してみてはいかがでしょうか?

もしかしたら何かが見えるかも知れませんよ…

この出来事を境に敏感な体質になってしまったんです。

私が小学校5年生の頃、函館市の町内会主催の『リーダー研修』というものがあって、町内会で各2名ずつ選ばれ、『道南青年の家(旧ロシア領事館)』に宿泊してリーダーとしての資質を高めようという企画があった。
自ら志願して参加する小学生はいなかったので私と幼なじみの同級生と参加することになった。

なんか、修学旅行みたいですごく楽しみだったことを覚えている。
いろいろ研修して、夕飯を食べ、その後、それぞれの交流を深めるべく、ホールに集った。明かりを落として、飾りの付いたロウソクを手に、輪になってお互い1人ずつ握手をして回るということを行った。
参加人数は多分50人はいたと思う。

私は暗い中で見るロウソクの揺らめく炎になぜかやられてしまい、握手をして回っている途中、急にあぶら汗が噴き出してきて具合が悪くなった。
それでも頑張らないと、と思ったが、途中で意識不明になり、落ちた。
よく学校の全校集会で貧血で倒れる子がいたけど、私の場合、そんな経験が全くなかったので、貧血ではないと思う。

しばらくして意識はもどり、心配していた仲間達が私のベッドの周りを囲んでいた。
どのくらい経ったのかと友人に聞くと、「30分くらいだよ」と言われた。
その後は、何もなくリーダー研修は終わった。

これを境に私はロウソクを見ると気持ち悪くなり、意識がなくなりそうなので、今も意識的に見ないようにしている。

未だにロウソクの炎に目が点になり、吸い込まれそうになる。
いろんな不思議が起こるようになったのはそれからだ。
この意識不明事件を境に敏感な体質になったような気がしてならない。

私が高校3年生の頃、父親は出稼ぎでトラックの長距離運転手として北陸方面の往復をしていた。ある夜、私はいつものように金縛りに遭った。でも中学、高校時代はよく金縛りに遭っていたという慣れもあり、どうってことはなかった。
しかしその時、ふと横を見るといつも父親が寝ている場所に、布団に入って、顔には白い布をかぶせられた人がいた。それはまさに今ここにいるはずのない父親の姿だった。
まもなくして金縛りも解け、私の目からは訳がわからない涙が流れていた。時計は午前2時50分、その時は異常なほど胸騒ぎがしたので、母親を起こし、今あったことを全て話したが、当然のごとく全く聞いてくれなかった。
そして夜は明け、朝6時、電話のベルが鳴った。
電話口で母親は泣いていた。
電話の内容を聞く前に私は悟った。
「おやじに何かあったんだ」と。
目を覆いたくなるような大事故であった。
峠の下りでブレーキが全く利かなくなり、スピードはどんどん上がり100km/hを超えていた。左は崖で右は田んぼだ。
そこで父は決断した。
仕方なく自分から小高いあぜを乗り越えて田んぼに突っ込んだという。
時間は午前2時50分。
トラックはメチャメチャであったが、シートベルトをしていなかったにもかかわらず、父親は股関節脱臼、大腿部の打撲だけで済んだ。
どう見ても何か、目には見えない何かに守られたかのようだった。
この時、おやじは42歳であった。まさに厄年だったのだ。

「夢枕に立つ」とよく言われますが、こちらは亡くなった人はその瞬間に挨拶に来るようなイメージであるが、相手が生きている場合は「テレパシー」と言うのだろうか。

今年私は42歳を迎えます。
後厄とはいえ、気をつけなければいけませんね。